サッポロビール株式会社 吉原正通氏(左):
1999年サッポロビール入社。給与計算など労務実務で経験を積みながら、サッポログループ内のシェアードサービス会社立ち上げなどに従事。2009年からカナダ現地子会社の人事担当、M&A後のグループ企業の人事制度設計担当などを経て、現職。評価制度をはじめとした人事制度全般の改定に取り組んでいる。

 

ヒューマンキャピタルOnlineにて、アジャイルHR代表取締役 松丘啓司のコラムの連載第4回目が掲載されました。

本連載では1on1を導入している企業とのインタビュー対談を全6回でお届けしています。

各社における1on1の導入の背景、導入・運営にあたってのポイント、ITツールの活用方法、導入後の効果など、1on1に関するトピックスを中心に実際の事例についてのお話を伺っています。
 
第4回目は、サッポロビール株式会社 人事部 シニアマネージャー 吉原正通氏にお話を伺いました。

 

松丘:御社のことを知らない方はいらっしゃらないと思いますが、簡単に概要をお聞かせくださいますか?

吉原氏(以下、敬称略):サッポロビールはお酒の製造・販売事業をメインとしています。創業143年と歴史が非常に古く、明治初期に開業した開拓使麦酒醸造所からたすきが受けつがれています。ビール、焼酎、ワインなどを皆さんに飲んでいただき、そして楽しんでいただくことを生業としています。「サッポロビールを選んでよかった」とお客様に言われる企業でありたいと常に考えています。

 一方で、ご存じの通りビール業界は寡占業界で競争も熾烈です。B2Cの日本の食品企業全般に言えることですが、日本では人口減が進んでおり、グローバル企業に比べると営業利益率も低く、かつ競争も過多ですから、大変な業界です。

松丘:厳しい経営環境におかれている中で、1on1を始めた目的や背景を教えていただけますか?

吉原:先ほど申し上げた通り、弊社は競争が熾烈な中にあってお客様に支持されるために社員の挑戦を促すよう、人事制度の中でも工夫してきました。例えば、MBO(目標管理)では、「挑戦したら2点加点」しますといった、加点制のようなマイナーチェンジも実施してきました。それでも従業員意識調査の結果では、挑戦する風土が足りず、決められたことしかやらないといったスコアが変わらなかったので、そもそもこの評価制度は人材の育成に役立っているのかと、何度も人事部で議論してきました。

 社員の成長に向き合うようなツールを調査していく中で1on1に出会ったので、まずできるところから始めようとやり始めたのがきっかけです。

松丘:いつ頃から取り組んでいるのでしょうか?

吉原:私が人事部に異動してきたのが2017年の9月でした。2018年度のプランを決めるにあたり、2017年12月までに全国の支社・工場に何らかを発信する必要がありましたが、その1~2カ月の間にとにかく1on1を実施するということだけを決めてスタートしました。弊社の場合、人事から何かを発信すると丁寧に時間をかけてやってくれる社員が多いということが分かっているので、あまり負担にならないように、メンバーと気軽に月に15分間、1対1で話してくださいという程度で、軽くスタートしたというのが最初でした。

松丘:実際やってみた現場の反応はいかがでしたか?

吉原:お願いして3カ月後くらいに、ある首都圏の営業部門にアンケートをとりました。私の中では予想外だったのですが、すごく評判がよくて所属長からも80%、なんとメンバーからもそれ以上の85%が「1on1を実施してよかった」や「意味がある」という反応が返ってきました。これまでがっちり評価制度を運用してきて、面談の時間を確保しましょうと言ってきたにもかかわらず、1対1のコミュニケーションが足りていなかったんだという気づき・反省もありました。でも、評判がよかったのでうれしい後押しになりましたね。

松丘:特に1on1導入研修などせずに、始められたわけですよね。インストラクションなどもなかったのでしょうか?

吉原:そうですね。初年度は研修を全く実施しませんでした。パワーポイントの資料の中に、15分でいいので、営業でしたら移動の車中でも構わないので1対1で向き合って話をしてください、とお願いしただけでした。今、振り返ると、それがよかったのかなと思っています。私自身も仕事の終わりに飲みに行って、先輩から価値観や仕事に対する思いなどを植えつけられて影響を受けた気がします。最近はテレワーク、フレックスなどが進み、あるいはワークライフバランスも変わってきたりして、そういった場が実は作れていなかったのではないかと思います。上司もメンバー側も、コミュニケーションに飢えていたんだろうなあと。そういうことだと思います。

松丘:その先、1on1をどういう風に発展させていかれましたか?

吉原:一方で15分間、業務の進捗確認に使っているマネージャーも何人かいることが分かりました。そこで、なぜ1on1を行うのかということと、1on1を実施するメリット、つまり、上司と部下の関係の質が上がって、思考の質、行動の質が高まり、それが結果につながるという考えを基に、全マネージャーに2018年の11月から12月にかけて1時間の研修を行いました。

 それによって、1on1という言葉と目的は全マネージャーに知ってもらっている状態になってきました。ただし、最も肝心な「メンバーの動機付け」に関しては、まだまだ不足しているので、もっとレベルアップが必要です。メンバーに対しては、「せっかく自分の人生なのだから、1on1を利用して自分も成長してやろう!」と思えるように、人事部からも働きかけることが必要だと考えています。

松丘:なるほど。あと、制度面でも変更されようとされていますよね?

吉原:そうです。同時進行で進めており、先週、先々週と全国二十数カ所で説明が終わった段階ですが、人事制度を抜本的に変えようとしています。等級制度でいうと年功色を払拭し、評価制度についてはレーティングでフィードバックするというのを止めて、その人の強み弱みに向き合って成長に対してフィードバックする予定です。2020年から変えようと動いています。

松丘:それはすべて1on1とつながっているわけですね。

吉原:そうですね。1on1はその中では非常に大きな意味を持っています。

松丘:目的は、社員が成長する、そういう会社を作ろうということですか?

吉原:はい。企業人なので当然ながら組織を強くしていくことが目標ですが、これまでMBOをはじめとして管理型の数字重視だったことが我々の反省点です。メンバーとも数字の進捗確認しかできていなかったので、その入り口を変えたいと思っています。単純な数値的なものを見るのではなく、いかに本人がそこに飛びついていくか、責任をもってやっていくのか。起点が本人にあって、その集合体が組織に結びつくという、そんなアプローチに変えていこうというのが大きな目的です。

松丘:自律的、主体的に一人ひとりが動いていくような組織ということでしょうか?

吉原:そうですね。そういう姿を夢見て、目指してやっています。

松丘:最初に取り組みを始めてから2年近く経っているわけですが、どのような変化が起こっていますか?

吉原:少なくとも、社員のスケジュールを見た時に1on1という言葉を見るのが当たり前になっていますし、月15分でいいと言っていたのが、最低30分は予定に入れているようです。ある工場長は自工場の全従業員と1on1を実施していました。1on1には意味があるんだと感じている人が増え始めているというのは、よい流れかなと思いますね。

松丘:実際やってみて、いいよという話が広まっているのですね。

吉原:そうですね。労働組合が秋に全社員に向けて実施するアンケートでも1on1の浸透度合いが出ていましたし、そこでのメンバーのコメントでも、評価のフィードバック面談と比べて自分の時間になった、上司に感謝する時間になったというコメントが増えていますね。

松丘:制度改革の説明で全国を回られて、どんな反応ですか?

吉原:変革についてはネガティブな人もいますが、基本は皆このままではだめだという意識も強いので、理解はしてくれますし、結構、前向きに捉えてもらっています。特にメンバー側はそういう気がします。

松丘:なるほど。会社が変わっていくという期待感があるのですね。

吉原:そうですね。その説明会の中で用いる社長の挨拶動画の中に、響いた言葉がありまして、「人事制度は皆さんを光り輝かせるための道具だと私は思っている。道具は使うもので決して使われるものではない」と。使うのは君たちなんだから、一人ひとりで変えていこうというメッセージです。人事制度は影響力が大きいですが、使うのは本人なので。今回は非常にフラットに、主体的に何かをやりたいと宣言した人を皆で支援する仕組みにしているので、挑戦する人にはすごく面白いと思ってもらえると思います。

松丘:最後に、今後の抱負を教えてください。

吉原:社内で利用しているシステム上で、1on1で気づいたことを記録する場を作ろうかなと思っています。また、1on1の浸透の仕方にもこだわっていきたいと思います。1on1のレベルアップが必要だと社員にも言われているので、全国の総務部長に浸透のキーパーソンになってもらって、現場に近いところで意味のある1on1が広まっていったらいいなと思っています。本社が指示して言われたことをやるというスタイルから、現場のマネージャーが「1on1をこんな風にしていったら浸透しました」というような事例が組織横断的に意見交換されるような、そんな仕掛けでやっていきたいと思っています。

松丘:期待しています。1on1の重要性が分かる貴重なお話を伺いました。本日はありがとうございました。

 


松丘 啓司(まつおか・けいじ) 株式会社アジャイルHR 代表取締役

 1986年東京大学法学部卒業後、アクセンチュア入社。同社のヒューマンパフォーマンスサービスライン統括パートナーを経て、2005年に企業の人材・組織モデル革新を支援するエム・アイ・アソシエイツ株式会社を設立。同社ではパフォーマンスマネジメント、ダイバーシティ&インクルージョンなどの領域を中心にサービスを提供。2018年にパフォーマンスマネジメントに特化した株式会社アジャイルHRを設立し代表取締役に就任。主な著書として、『1on1マネジメント』『人事評価はもういらない』『論理思考は万能ではない』『アイデアが湧きだすコミュニケーション』『ストーリーで学ぶ 営業の極意』『提案営業の進め方』『組織営業力』などがある。

※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。

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