1on1を導入するに当たって、上司向けにコーチング研修を行う企業が少なくありません。もちろん、1on1においてコーチングの考え方やスキルは有益です。けれども、コーチング研修によって「1on1=コーチング」と捉えられてしまうと、それによる弊害も生じます。上司は「コーチ役」でよいという誤った認識が植えつけられてしまう恐れがあるからです。

1on1が目指す姿を実現するには

 このテーマについて考えるには、そもそもなぜ1on1が必要とされるかという背景に立ち返ってみることが必要です。それは従来の目標管理(MBO)におけるマネジメントではパフォーマンスが向上しないという問題認識に起因しています。つまり、上から目標を与えて、半期に1度の面談で達成度を評価するといった管理型のマネジメントを続けていても、イノベーションは起こらず、飛躍的な業績向上は見込めないことがわかってきたからです。

 そのため、1人ひとりのメンバーがみずから高いゴールを設定し、その実現に向けて意欲的に取り組むことを上司が支援するといったマネジメントへの転換が必要であり、そのような支援型のマネジメントを行う場として1on1が重要視されるようになってきているのです。この「みずから高いゴールを設定し、その実現に向けて意欲的に取り組むことを上司が支援する」ことを可能にするためには、上司は単なるコーチ役に止まっていてはなりません。

上司は実践者でなければならない

 従来のMBOを長年、続けてきた結果、「みずから高いゴールを設定する」という、メンバーのゴール設定力が養われていない企業が少なくありません。しかし、それはメンバーだけの話ではなく、上司であるマネジャーにも共通して言えることです。マネジャー自身も上から目標を与えられることに慣れ過ぎているために、自分は何を目指したいかと主体的に考える経験が不足しているのが実態です。

 組織におけるメンバーの目標は、当然ながらチームの目標の達成に貢献するものでなければなりません。そのため、上司の目標が明確になっていなければ、メンバーは何に貢献したらよいか判断ができないでしょう。つまり、上司自身が「みずから高いゴールを設定」できていなければ、メンバーの目標設定を支援することはできないのです。したがって、上司はコーチ役である以前に、自分自身が「実践者」でなければなりません。

 上意下達の目標設定だけではイノベーションが起こらないことから、昨今ではメンバーにそれぞれ「チャレンジ目標」を設定させている企業も増えています。実際にそのような企業において、上司が「あなたはどうしたい?」と質問するだけで実態は課題を丸投げされている、といったメンバーの不満の声を耳にすることも少なくありません。上司が自分の目指しているゴールの姿やそこに至るシナリオをまず語らなければ、メンバーにもインスピレーションが湧かないのは当然のことです。

質問、傾聴だけでなく対話が必要

 メンバーの目指したいゴールが設定できたとしても、それがOKRに代表されるような野心的な目標である場合、コーチングを行っているだけでは支援として十分ではありません。上司から具体的なアドバイスを提供したり、場合によっては協力してアクションを行ったりすることも必要になるでしょう。そのために上司は、質問や傾聴をしながらメンバーに考えさせ、気づかせるだけでなく、自分自身も考え、気づかなければならないのです。

 上司がコーチ役に止まってしまうと、自分は質問する人、考えるのはメンバーという分担ができてしまう恐れがあります。そのため1on1を行う上司には、質問、傾聴だけでなく、「対話」型のコミュニケーションが求められます。対話とは、双方の視点や考えを交流させることによって、アイデアを生み出すコミュニケーションを指しています。

 メンバーと対話を行うためには、上司自身がメンバーとのコミュニケーションから気づきを得ようとする姿勢を持っていなければなりません。ここにおいても、上司は「実践者」でなければならないのです。

スキルはあるに越したことはないが...

 上司はメンバーの目の前の目標達成を支援するだけではなく、その延長線上にある中長期的なキャリア開発を支援する役割をも担っています。メンバーが将来のキャリアビジョンをイメージできていれば、目の前の高い目標の達成に向けた意欲を持続することができます。

 そのため、上司はメンバーがキャリアビジョンを描くことを支援する必要があります。その際に、「あなたは将来、どのようになりたい?」と尋ねるだけで、明確な回答が得られることはめったにありません。逆にメンバーから上司に対して、「あなたのキャリアビジョンは何ですか?」と尋ねられたとき、自分のビジョンを語ることができなければ、そのような上司にキャリア開発を支援してもらえるとは感じられないに違いありません。

 上司自身が自分のキャリアビジョンをしっかりと考えられていたなら、メンバーがキャリアビジョンを考える際に何を手助けすればよいかもおのずとわかるはずです。つまり、上司が実践者であったなら、多少のスキルは不足していたとしても支援はできるのです。しかし、上司が何も実践していなければ、どれだけスキルを磨いたとしても効果は期待できないでしょう。

 そのため、1on1研修においてもっとも必要とされることは、これからメンバーに求められることを、上司が最初に実践する機会を提供することです。スキルはあるに越したことがありませんが、上司自身がある程度実践できた後の応用編として位置付けるべきでしょう。

エム・アイ・アソシエイツ株式会社

代表取締役社長 松丘 啓司